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空き家のお話 その2 都市部と地方部の空き家@FM西東京

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  「小沢さん、 FM でません?」 と、私の友人の中村さんから言われたのが6/21(水)の出来ごとでした。 私「ええ、もちろんOKですよ」 中村「では、6/24の10:40集合で!」 中村「空き家の話とクワガタのお話をしてください」 私「・・・・・、あ、了解です」 と、3日前に打診をいただいて、土曜日の生放送という荒業でした。 これも、独立したから成せる技です。ということで FM西東京 にお邪魔してきました。 お声がけいただき感謝です。 さて、当日はスタジオに入り、都市部と地方部の空き家問題って、何が違うのか これからは何を気をつけなければならないのか、などについてお話させていただきました。 ここでは、その内容について触れていきたいと思います。 詳しくは、 FM西東京ウィークエンドボイス のアーカイブからご覧いただけます。 前職のころから、住宅・土地統計調査という5年に一度実施される住宅ストックや世帯について調査する公的統計が公表される度に、 「空き家がまた増えましたが、何かコメントを」 と各種メディアから取材していただくことが多くありました。 この「空き家」 住宅・土地統計調査上は、二次的住宅、賃貸用の住宅、売却用の住宅、その他の住宅、とに分かれております。この二次的住宅にはいわゆる別荘も含まれますので、別荘地が多く含まれる自治体では、当然に空き家数も空き家率も高くなります。 人が継続居住していて、何らかの理由で居住が行われなくなった空き家は、上記した「その他の住宅」が該当します。社会問題とされているのは、この「その他の住宅」のことを主に指しています。 空き家が増える。これはある意味仕方がないことで避けられないことです。 人口だけではなく、世帯数が減少していく時代です。 一方、家は一度建てられれば、解体されるまで物理的に存在し続けます。 人の寿命よりも長く存在し続けるかもしれません。 住宅は新規で供給し続けられる。 一度供給されたら物理的に存在し続ける。 人口・世帯数は減少していく。 つまり、一つの世帯が一つの住宅に住み続けることを前提としてイメージした場合、世帯数が減少し続けるので、空き家は発生し続けるのは仕方がないことなのです。 話を都市部(ここでは都心部をイメージしましょう)と地方部の話に移すと、 都心部では、人が住まなくなったとしても、都心部には...

空き家のお話 その1 空き家の議論をする前にすべきこと

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 前職の終盤では、空き家政策に関わる機会がとても多くありました。 思い起こせば、もっぱら不動産信託やら金融やらを研究していた時代から、ファイナンスの帰着先として不動産の価値にテーマがシフトし、その流れから既存住宅流通市場の活性化に取り組み、さらにその流れから空き家問題にたどり着いた、ということかと思います。 全国各地で、空き家問題に取り組む自治体があらわれ、様々な場面で関わらせていただきました。 多くの場合、地元の有識者や事業者の方々などからなる検討組織を組成し、行政としての空き家対策を議論していきます。 しかし、私がお受けする相談のほとんどが 「何から手をつけてよいのかわからない」 でした。 次に多いのが 「事例を教えてください」 でした。 せっかくの検討組織を組成して、どうしてそのような事態になるのでしょうか? それには幾つかの理由があります。 ここでは、その1つをご紹介します。 それは、 「空き家と一言でいってもいろいろある」 ということです。 当たり前じゃないか、という話になりますが、空き家の議論を行う際、議論を行う者すべてが、このいろいろある空き家のどれかを想定して話をしてしまうのです。 例えば、人の居住や使用の実態と管理の実態により、下図のように大きく三段階にわけてみます。 行政またはそれに近い立場の方は、比較的に第三段階をイメージすることが多く、民間事業者の方は第一段階をイメージすることが多くあります。 当然ながら、 各段階において、空き家の物理的コンディションにも違いがあり、課題や打つべき手も異なってくる ので、ある人は第一段階の話をし、ある人は第三段階の話をしてしまうと、いつまで経っても議論が収束していきません。 そうなると、「何かわかりやすい事例はないか」となるのもよく理解できます。 空き家の問題とは、直面している課題は目に見えてわかりやすいのですが、それを一つ一つつぶしていく対処療法では、いつまで経っても終わりが見えません。 空き家問題が顕在化する一連の流れを理解し、今直面している課題はどのフェーズなのか、それを食い止めるには、一連の流れのどの段階で食い止めなければならないのか、このまま放置してしまうと何が起こるのか、そして、誰がそれをやるべきか、を俯瞰して全体をとらえたうえで、詰めていく必要があるのです。 このお話は、次回以降に詳しく...

リサーチの技術 その4 現状認識と価値判断

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現状認識と価値判断 この言葉に触れたのは、大学4年生の時でした。 私は、家庭の事情など、いろいろな事情が重なり、授業に出れない日も多くあったのですが、 当時、都市計画の講義をされていた日本の都市計画学者、高見澤邦郎先生に憧れ、 出来が悪い生徒であったのは重々承知のうえ、研究室の門をたたいたのです。 私のすべてはそこから始まったと言っても過言ではありません。 研究室では、当時、早稲田大学からお越しになっていた早田宰先生にもご指導いただきました。 そこで学んだ言葉が「現状認識と価値判断」です。 もう30年も前の話ではありますが、今でもその言葉を大切にし、後輩にもその言葉の意味を伝え、リサーチ&コンサルティングの現場で用いています。 現状認識と価値判断とは 例えば、地域のまちづくりワークショップなどで、そのまちの将来の姿、イメージする将来の目標像を議論していたとします。 もちろん参加者には、駅近のマンションに住んでいる方、低層戸建住宅地に住んでいる方、地域の商店街の方、商工会の方、行政の方、などなど様々な属性を持った方々が参加しています。 将来の目標像を描き、プランとしてカタチにするということは、そのような様々な属性の方達が共通の「価値判断」を行うことを意味します。 政策判断を行う、民間企業が経営計画を作成する、これらの行為はなんらかの価値判断を行っているのです。 では、価値判断は何に基づいて行われるのでしょうか? それが「現状認識」です。 これは、比較的イメージしやすい話で、 現状がこうだから、将来はこうしよう。と判断するわけです。 つまり、現状認識が異なれば、異なる価値判断に至りやすい、ということになります。 異なる属性の方々が同じ現状認識を持っていることは奇跡に近いことです。 異なる現状認識を持っていれば、異なる価値判断が行われやすくなり、いつまで経っても共通の目標像を描くことはできなくなります。 例えば、行政マンであったとしても、自分のまちを詳細かつ客観的に現状を認識し続けていることは難しいことです。担当者によっても認識が異なり、総合計画のような複数部局を横断する計画づくりの場合では尚更です。 そんな時には、様々なデータを駆使して、可能な限り客観的にそのまちの現状を示してあげる必要があります。それをもとに現状認識のすり合わせを行った上で、価値判断のステップに進むこ...

不動産とはなにか?

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  不動産とはなにか? これまで、いろいろな場所で、いろいろなお話をさせていただきました。 住宅金融のお話 リバースモーゲージのお話 住宅政策のお話 空き家対策のお話 官民連携まちづくりのお話 既存住宅流通市場のお話 廃校再生によるまちづくりのお話 などなど どのお話をするにあたっても、必ず最後に触れるようにしているのがこのテーマです。 不動産とは、民法上では「土地及びその定着物は、不動産とする。」(第86条) とされています。 その他、思いつく特徴としては、 同じものが存在しない コピーできない 限りなく類似の環境にあっても維持管理の状態によってまったく別のものに 公共性の強い財である 人間生活の基盤、経済活動の基盤 集まることにより住宅地となり環境を形成する 個の不動産が周辺に不利益をもたらすことも(外部不経済) 高額である・一生のうち何度も取引ができない こんなものがあげられるかと思います。 ここで着目したいのが上の2つです。 不動産は人間のよう 私はよく、こう表現していました。 不動産が「おぎゃー」とこの世の生まれた時、同じものは一つとしてありません。 人間がこの世に生まれた時のように。 そして、人間が生まれた環境によって異なる人格を持ち、成長していくように、 不動産も、その持ち主や使い手の手によって、異なる成長を遂げていく。 まるで、異なる命を持って生まれ、異なる成長を遂げていく人間のようなのです。 そのように異なる人格を持った不動産が集まり、異なる人格を持った人間が集まった都市や地域は、当然ながら極めて豊かな個別性を持ち、極めて複雑な課題を抱えます。 大切に過保護に育てられた不動産が集まるまち 荒々しく育てられた不動産が集まるまち その表情は大きくことなります。 それが魅力となることも、課題となることも。 業界的な用語を使えば、「不動産管理」となりますが、 私の好きな言葉を使えば、「不動産をどう育てていくか」 まちづくりを考えた場合には、そんな視点が大切だ、と強く感じています。 kuwalab小沢

リサーチの技術 その3 マクロとミクロの目線

  マクロとミクロの目線 リサーチの技術、第三回目は「マクロとミクロの目線」です。 マクロミクロというと、経済学を思い浮かべる方も多いかと思いますが、 ここでは、リサーチにおける目線のレベルを表しています。 前号では、リサーチにおける分解と再構築の考え方をご紹介し、その中でどのような目線が必要かに触れていますが、本号ではもう少し詳しく解説してみます。 これから、シンクタンクへ業界へ飛び込もうとしている方、すでに飛び込んだ方、若手を育成する立場の方、そして、シンクタンクとビジネス上のお付き合いがある方などが参考にしていただけると幸いです。 私(及び私の同僚も同じ体験をしていますが)が、仕事が終わり、家庭に戻った時、頭が家庭モードに切り替わらない状況ですと、普通の会話でもとても違和感を感じ、また、話相手の方も同じ違和感を感じることがあります。 また、私たちは仕事上、様々な業種の方と数多く接する機会を持ちますが、特定の業種の方にヒアリングをしたり、仕事のお話をする場合にも、似た感覚に襲われます。 一般的に、特定の業種で、あるタスクを持った方がお仕事をする際には、そのお仕事を効率的に、効果的に行うための目線を持っています。 捉えている物理的なエリアの広さも目線の違いにダイレクトに影響しますが、なんというのでしょうか、世の中を見る角度というか、そんなものも異なります。 これは、マクロの目線が良いとか、ミクロが良いとか、その良し悪しを言いたいわけではなく、置かれている立場、業種によって、最適な目線があると感じるのです。 一方、私たちのような人種は、特定の目線をもっていないことが多くあります。 人によっては、得意な目線、得意な切り口をもっていて、前回紹介したようなぼやぼやっとしたモノをそこから切り込んでいくことはありますが、基本的にマクロからミクロを常に行ったり来たりしています。 例えば、マクロな目線が必要なかなり大きなテーマの話をしていたとします。 ある方が、ちょっとわかりにくいようなお顔をしていたり、話がかみ合わなかったりした場合には、具体的な事例をあげて説明することがあります。 事例とは、話したいテーマの一部分しか表現できないのですが、そこから話を切り出した方がうまくかみ合う場合が多いのです。しかし、事例ばかりあげていると、本来議論したい事柄の本質を話すことができま...