移住・定住を考える その1 住宅双六と終の住処の研究

先月から肺炎を患い、たくさんの皆さまにご迷惑をおかけいたしました。

また、その間、たくさんのご連絡をいただき感謝申し上げます。

メッセージの中には、このブログを読んでいただいている方から嬉しいお言葉もいただきました。

特に同業者の方や学識者からは、リサーチの技術シリーズが公表のようです。この商売を長く営んでいる者としてはうれしい限りです。

そこで、調子に乗りまして、一つシリーズを追加しました。

それが、「移住・定住を考える」です。

このテーマは、空き家問題との関係性が深く、さらには住宅政策の研究者が長年取り組んでいた住宅双六の研究、そして、現在の移住・定住策の考え方にもつながっていきます。


第一回目は住宅双六の終の住処の研究の萌芽についてです。 

移住・定住については、各地方自治体の政策上、一丁目一番地にあることが多い。

これまでの移住・定住政策を振り返ると、地域内居住循環という考え方があった。

これは、ライフステージや心身の状況が変化しても、それに対応した多様な住宅ストックが地域に配置されていることによって、地域内で循環して居住継続を行えるようにしようとする考え方であった。

過去に、私が担当したこの手の計画書でも、この考え方を用いていたことが多い。

そうなると、どのようなライフステージで、どのような住宅が必要となるか、需要があるかを把握する必要がある。

当時は、「住宅すごろく」という言葉が、住宅政策関連の業界内では流行語大賞並みに用いられていた。

これは、住替えの工程を双六に例えて、例えば、親元から世帯分離をして賃貸ワンルームに居住し、結婚して中心部のマンションに住替え、子供ができたら郊外の戸建てに住替え、と言った具体に、ライフステージの変化に伴い、住替えの双六を展開していくものを表現したものだった。

日本の高度経済成長期での都市居住者の住宅の住み替えの過程を双六として表現したものである。上田篤氏が考案したものであるとウィキペディアでは紹介されているが、私の知る限りでもそうだろう。

時代時代での住宅双六を調査分析し、双六として表現する必要があったのだ。特に1990年代に盛んに研究が行われており、筆者もその中の一人であった。

この分析は、ライフステージの変化と住宅選択の行動を標準化しようとする行為とも言え、当時は世帯分離から始まり、高齢期を迎えるまでの双六展開はある程度表現できていた。

しかし、その中で、「終の住処」という言葉が登場した(終の棲家との表現もされていたが、ここでは「終の住処」を用いる)。これは住宅双六のあがりにあたるものだが、この「終の住処」が多様化している、とういうことが研究テーマとして浮上した。

もちろん、「施設」という選択肢もあったが、安定的な居住ができると考えられていた持家から、高齢期になって駅近の賃貸集合住宅に住替えを行う行動が目立ち始めていたのである。特にケアサービス付きのものが人気があった。これは、ある程度想定はされていたものの、当時は少々ショッキングな動きであった。

研究の興味関心が住宅双六から終の住処に移り、終の住処の多様化と言われるようになったころから、住宅双六の研究は徐々に下火になっていった印象がある。

これは、終の住処の調査研究を行い、終の住処の多様化が指摘されている間、終の住処にたどり着く工程までもが多様化を見せ始め、すでに標準化することができなくなったからだろう。

次回は、標準化することができなくなった要因について深く掘っていきたいと思います。


kuwalab小沢理市郎

www.kuwalab.com

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